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+6日目(その2(ローマ)

〜ヴァチカンに来たー!!〜

ヴァチカン美術館を出て、少し歩き、聖堂前の広場へやってきました。この景色を見てやっとヴァチカンに来た〜!!という感じがする

 さて、美術館から外へ出てしまったので、再度並ばなくてはなりません。なんとなく列ができているので、とりあえず後ろに並んでみる。

適当に並んでいる人々。一番後ろっぽいところにくっついてみる
ベルニーニによる柱廊。今やヴァチカンの象徴のような印象があるけど、使節が来たときはまだありませんでした
クリスマス後なので、広場のオベリスクのところにツリーと馬小屋が設置されてました。あとで見にいこう
すでにお昼前だったので人が結構たくさん。20分くらい並んでセキュリティチェックへ(チェック自体は簡単なものですぐ終わります)
途中、どこかの国の親子に横入りされたけどまあいいか、ということでそのまま進む
チェック終了。入口へ向かいます。ここ空いてるように見えますが、あとでとんでもないことになります
入口前から広場を眺める。本日は12月31日のためなのか、広場にはびっしり椅子が並んでいて、入れるところが制限されています。夜中にミサとかするんだろうな

 行列はまあまあ長かったものの、思ったより空いている印象を受けた聖堂前。いよいよ聖堂に入ってみます。

ここから入りましょう
入口のドア前の部分。この部分も使節のときにはまだ作られてませんでした
うおっ、やっぱり混んでる!!入口が狭いのもあって人がたくさん

 じりじりと進み、聖堂の中へ。もう人が多すぎて、使節のことなんて全く考えてませんでした。でもあとで調べたら(行く前に調べてない)、ヴァチカンは使節訪問当時とはだいぶ変わっているそうだ。残念ながら「今見られるもの=使節が見たもの」ということではないので、血眼で見学しなくてもよさそう。

必死に見学しなくてもいいとは思いつつも、見入ってしまうくらい美しいサン・ピエトロ大聖堂。入口を入るとこんな感じ。奥にベルニーニの天蓋が見えます。たぶん、普段は椅子がないはずだけど、今回はここから先入れないようになってました。悲しい

 まっすぐ進めないので、順路のようになっている右側廊の方へ。あの有名な像が目に入ってきました。

ミケランジェロ作のピエタ!!ガラスの向こう側にあって、距離感はご覧のとおり遠い。人をかきわけて何とか撮影

 ミケランジェロのピエタは使節訪問時からあったみたいですが、今とはちがう場所に置かれていたようです。この像は当時から有名だったみたいなので、使節も見たのではないでしょうか(^^)
 ピエタの前はすごい人で立ち止まれないので、次へ進みます。じりじり進むため、普通に歩いてたら見落とすようなものも目に入ってくる。

右側廊にある天使のついた扉。礼拝堂の入口なのかな?この大聖堂にあるものって全体的にキラキラしている
なんか立派だったので撮影したが、あとで調べたらスウェーデンのクリスティーナ女王の墓碑とのこと。全く知らない人だった

 現在、右側廊を観光客たちがじりじり進んでいる状態。なぜか途中途中にカーテンがあるので、さらに進むのが遅い。

ものすごく高い天井。写真の下の方に写ってる布はカーテンです

人が少ないところに出たので撮影。サン・セバスティアーノ礼拝堂でした

ピンぼけですが、またカーテン!!これは何のためなのか
身廊方面を臨む。下に人がウジャウジャしてますが、やっぱり天井が高くて圧迫感はそれほど感じない

〜知ってる人だった〜

なんかかっこよかったので撮ったが、たぶんグレゴリオ13世の墓碑です。太陽暦を採用したグレゴリオ13世。そして亡くなる前に使節にも会いました!
 
 人が多すぎてうまく進めないので、目に入ったものを写真に撮るという作業をしながらじりじり進んでいきます。

人がごったがえしている…!
奥に見えるのはベネディクト14世の墓碑。実はこの先、縄が張ってあるので前に進めなくなっている
足下に地下が見えるマンホールがありました。地下に墓地があること、そしてペトロのお墓があるということも、あまりの人の多さに思い出せず

〜あの有名な!〜
 
ついにベルニーニ作のバルダッキーノ(天蓋)近くまでやってきました!ヴァチカンといえばこの天蓋のイメージ。しかし残念なことに、この先は柵があって進めません。普段は近くまで行けるのかなあ
一歩下がるとひどい人ごみ。
振り返っても人ごみ。奥に行くと左側廊。レオ11世の墓碑がちらっと見えます
宝物館入口近くから、内陣方面を臨む。右側の柱の向こうに、先ほどのベルニーニのバルダッキーノがあります。人が消えたように見えますが、ここから先が入れないためです。奥に見えるのはコロンナ礼拝堂

宝物館の入口。実はこれも墓碑。ピウス8世のものとのこと

〜熱心に見てないけれど〜
 せっかくなので宝物館へ入ってみる。そんなに広くなく、小さい売店がありました。人が多いので軽く見て数分で外へ。しかしながら、使節の年代より古いものもあるみたいなので、また行けたらリベンジしたいところ。

こんな像がありました。ペトロっぽいような…?
ねじれた柱。なんかきれいだったので何も知らずに撮りましたが、結構重要なものでした。現在のサン・ピエトロ大聖堂の前にあった旧聖堂で、天蓋を支えていた柱だそう。使節の時代にあったものです(^^)

 さすがヴァチカン、うっかりしてるといろいろ見逃してしまう。しかし、不勉強ですでにいろいろ見逃してるのでこのまま気にせず行きますぞ。宝物館を出て、出口の方へ。左側廊を進んで行きます。

クレメンティーナ礼拝堂と思われるところ。柱の模様がかわいい
ピウス7世の墓碑?今どこにいるのか迷子
コーロ礼拝堂。人がやたら集まっていたので便乗
身廊側の柱に、イノケンティウス8世の墓碑。今までみた墓碑は白いのが多かったので、これだけ雰囲気違うなと思って撮りました。旧聖堂から、現在の聖堂に移された唯一の墓碑とのこと
プレゼンタツィオーネ礼拝堂

振り返って、身廊方面。こちら側は帰るだけなので人がまばらになってきました

洗礼礼拝堂の前あたりに、ヴァチカンの馬小屋。 誰かがスイッチを押すと、空の星が光るしかけ

聖堂を出る前に再度見上げてみる。どこから見ても荘厳で迫力がある
名残惜しいですが、外へ出てしまいました
サン・ピエトロのファサード。これも使節が去ったあとに作られました

 最後に、広場の様子を見てみます。

ファサード前にあるペトロ像。天国の扉の鍵を持ってます
ベルニーニの柱廊を歩いてみる。柱が意外と大きい

オベリスク前にある馬小屋。本格的な作りを見に、人が集まってました
馬小屋裏の壁画。天使かな??

広場のオベリスク。シスト5世の命令で、この場所に移されたそうです

〜ヴァチカン、さらば〜
 非常に名残惜しいですが、冬は日がすぐ沈んでしまうのでしぶしぶ次の場所へ。ヴァチカンからまっすぐのびる大通りを通って、サンタンジェロ城を目指します。

使節のころはなかったコンチリアツィオーネ通り。広い道路です

振り返って、コンチリアツィオーネ通りからのサン・ピエトロ大聖堂

〜使節とは逆の道順で〜
 さて、次はサンタンジェロ城を見て、ポポロ広場まで行きますぞ。使節が教皇の謁見式に出たときは、ポポロ広場→サンタンジェロ城→ヴァチカンと行列で進んだそうです。昔とはだいぶ様子が違いそうだけど、使節がたどった道も歩いてみたいなあ。

V.エマヌエーレ2世橋までやってきました。テヴェレ川を渡りましょう
V.エマヌエーレ2世橋から。すぐそこにサンタンジェロが見えます!
テヴェレ川沿いの道。左にテヴェレ川があります
近くまでやってきました!映画『ローマの休日』では、ここでパーティーみたいなのが行われてましたね〜

 使節はここでサンタンジェロ橋を渡っていきますが、その際には城から祝砲やら音楽やらが聞こえたそうです。今回、私は橋を渡らずにポポロへ向かいます。橋だけでも渡っておけばよかったな…またリベンジ項目が増えました(^^;)

〜テヴェレ川沿いの道をおさんぽ〜
 サンタンジェロを通り過ぎ、そのままポポロ広場を目指します。しばらく川沿いの道を進んでいきます。対岸を見てるといろいろ現れました。

川沿いは気持ちがよいですな〜
なんか立派な建物がありました。どうやら最高裁判所のようです
これは教会でしょうか…ミラノの大聖堂を小さくした感じ
落書きの中に、いきなり美しい絵が現れた。やっぱりイタリアにはこういう方が似合いますね〜
一方、こちらは川沿いの道路の方です。こっちにもきれいな建物
ポコポコ聞こえると思ったら、後ろから馬車がやってきました!騎馬で行列に加わってた使節を思い出した
レジーナ マルゲリータ橋のところの交差点までやってきました。ここを右折します

 川沿いのおさんぽを楽しんだあとは、いよいよ次の目的地、ポポロ広場です。

広場かと思ったら、なんか裏道みたいなところに出てしまった…左の壁の向こうが広場のはず!壁の切れ目を探して歩いて行きます
壁の切れ目がありました。ポポロ広場です!!ここにもシスト5世が移動させたオベリスクがあります。もともとはチルコ・マッシモにあったものだそうです

 ポポロ広場のベンチでひと休み。イタロでもらったクラッカーがあったのでポリポリ食べていると、鳩がやってきました。

鳩に混じってた違う鳥。左はカモメみたいに見える…動物がいるとやたら写真を撮ってしまう

写真だと全く見えませんが、奥の建物の屋上に人がうじゃうじゃいました。何かと思ったら「ピンチョの丘」だったようです。眺めがいいそうで、ガイドブックにも紹介されてました
ポポロ広場を囲む壁。何かの像が乗ってる
入って来たところから、反対側にやってきました。双子教会が見えます。使節のころは、双子教会はなく、双子教会の間の道しかなかったとのこと
ポポロ門。使節はこの外の教皇の別荘に集合してから、行列でヴァチカンに移動し、謁見式にのぞみました

〜日が傾いてきました〜
 もう少しポポロ広場の観察を続けたいのですが、まだ次に行く所があるので、仕方なく地下鉄の駅へ。冬の日は短い。

ポポロ門を出てすぐの交差点。教皇の別荘はどのあたりにあったのだろうか
フラミニオ駅から地下鉄A線に乗ります。電車を待ってたら反対側に落書き電車あらわる。ここまで来るとむしろラッピング電車みたい(笑)

〜イエズス会の教会〜
 さて、地下鉄B線に乗り換え、またもやコロッセオ駅へ。昨日からこのあたりをウロウロしております。次の目的地はジェズ教会です。使節がローマ滞在中に泊まってたという!ドキドキしますなぁ〜。まずはコロッセオ駅から歩いてヴェネツィア広場へ。細い道を抜けると、ジェズ教会がひょっこり現れました。

ば〜〜ん!!!住宅街の中にいきなり建ってる感じ。教会前の広場も広くないので写真に入り切らない
広場ぎりぎりまで下がって撮影。右に写ってる黒っぽい建物がイエズス会の家だと、大学時代に教わりました

〜あ、開かない!!〜
 なんと、ジェズ教会閉まってました。時刻は15:00前…年末だから開いてないのかと、このときは諦めてしまったが、あとでガイドブックを見たら、開いてるのは7:00〜12:00、16:00〜19:45とのこと。町の診療所みたい。
 使節はローマ到着後ここに来て、イエズス会員たちに迎えられました。聖堂の内部はまた今度の楽しみにとっておきましょう…

力なく広場の写真を撮ってみる…特に目立った装飾などはありません

〜遅いお昼へ〜
 ジェズ教会が開いてないので、どうしようかとウロウロ。角に入りやすそうな軽食屋さんを見つけたので、そこでピザをいただくことに。定番のマルゲリータを注文したが、おいしかった。隣の西洋人は山盛りポテトを頼んでいた。
 ちなみにここのトイレ、簡易式な感じでさらに壊れていたのでかなり荒れていた。妹は「久しぶりに汚いトイレに入った」とボヤいていた。

また細い道を通って、次はミネルヴァ教会です


〜ミネルヴァの青い天井〜

やってきました。教会の建物の脇から出てきてしまったので
外観を撮り忘れました
手作り感あふれるミネルヴァの解説。ほとんどイタリア語なので私は読めないが、手作りの暖かみと親切心が伝わってくる

 ミネルヴァ教会(Santa Maria Sopra Minerva)といえば、『天正遣欧使節』で松田毅一先生が青い天井について書かれていました。ガイドブックには美術品がたくさんあるって書いてあるので、好きな方は楽しめると思います。私は全く詳しくないので、青い天井を見にいきます。

じゃーん。本当に青い!左側廊から身廊の天井を臨む

 入っていきなり、青い天井でした!全部青い!私のヘボカメラだとうまく写らないが、深みのあるきれいな青です。確か松田先生は「見に行くなら午前中がよい」とかおっしゃってたような気がするが、もう午後なのでそこらへんは次回のお楽しみにしておきましょう。

〜左側廊の祭壇たち〜
 いつもどおり、解説板がイタリア語/英語ですぐ読めないため、解説板も撮ってきたのですが順番があやふやでどの祭壇のものなのか解読に時間がかかりそうなので、とりあえず写真だけ…
 でも解説板にある年代を見ていると、みんな結構新しそうでした。残念。かの有名なベルニーニの作品もあるみたいですが、彼が活躍するのも使節訪問のちょっと後なんですよね。解説板が解読できたら名前などを載せたいと思います。
↓聖堂入口に近いところから順番に載せてます

ミネルヴァの馬小屋。シンプル!と思ったら、右側廊の方にもっと凝ってるやつがありました

〜ミネルヴァの主祭壇〜

 左側廊をじわじわ進み、一番奥の主祭壇に到着です。

写真だと分かりにくいですが、かなり広い
そして主祭壇の上も天井が青い
なんか自然に置いてあるので最初は見逃したけど、ミケランジェロ作の像だそうです

 ここで日本時間で年が明けたため、日本にいる母にメール。飛行機に乗ってるときも思うけど、時差って不思議だなあ。

〜右側廊の祭壇たち〜
 さあ、時差のことなんて考えてないで、今度は右側廊の祭壇を見に行ってみましょう。例のごとく解説板が解読できてないので、とりあえず写真だけ。
↓主祭壇に近いところから順番に載せてます。3つしかない…かなり撮り損ねてる(^^;)

身廊の様子。ずっと青い天井。今度は午前中に来てみたい
外に出ると、広場にオベリスク。象の上に立ってる

〜久しぶりに使節の話〜
 そういえば、ミネルヴァ教会では教皇が孤児の結婚式の世話をする慈善活動があって、使節がそれに参加したっていう話がありました。今調べたら1585年3月25日のことでした(このサイトにもここに載せてますが忘れてました)。そこに行ったらみんな寄付金を出すんだけど、使節は持ってないだろうからって教皇が寄付金のためのお金を使節にくれたっていう…教皇優しい。

ミネルヴァ教会の広場から見える遺跡っぽいもの。たぶんパンテオン?


〜日が傾いてきました〜

夕暮れのヴェネツィア広場近く。まだまだ人がたくさん

 さてさて、またコロッセオのわきを通り、地下鉄でテルミニ駅へ戻ります。年末のせいか、ヴィットリオ・エマヌエーレ記念堂〜コロッセオ間のフォーリ・インペリアーリ通りでは特設ステージが現れ、音楽が流れていたりしてお祭りムードでした。今夜はみんな集まって新年を祝うのかしら。
 我々は本日イタリア最後の夜なので、これからスーパーでお土産を買います。お土産買ってるだけなので写真を忘れた…テルミニ駅のスーパーは年末の買い出し客も来ているのか、混雑してました。ネットでBaciのチョコレートを売ってる場所を探してここに来たけど、空港でも売ってた(でも手荷物預けたあとだったかも(^^;))。
 ホテルに戻る前に、明日の空港行きのバスの時間を見ておくことに。ネットで調べたのより安いバスが駅の隣に止まっていたので、係員のようなおじさんに「明日もこのバス来ますか?」みたいな英語できいてみると、うなずいてたので、とりあえずこれで行くことに。チケットは乗るときに係員のおじさんから買うようなので、明日ぶっつけ本番です。

〜最後にマッジョーレへ〜

すっかり暗くなった中、マッジョーレへやってきました。18:00からミサらしい

 お土産を持って、ホテルへ戻ります。明日の朝来られるかわからないので、途中でマッジョーレに寄ってみる。夜のミサをやっているのか、人が集まっていました。我々が入ったときはミサの途中かな?と思ったけど、ちょうど司祭が退堂するところ。あれ?まだ18:00すぎなのに…

マッジョーレの床。ミサ中なので聖堂の後ろで突っ立っている

 ミサが終わったようなので、重いチョコレートを妹に預け、右側廊の前の方に行ってみる。すると、何やら修道士さんたちが並んで準備をしている。フードつきの黒っぽい服…フランシスコ会かな?そうこうしているうちに司祭が入堂。あ、これ次のミサが始まるんだ!慌てて席へ紛れ込む。

すみっこからこっそり撮影。マッジョーレはとても明るい

 どこからか歌が聞こえてきた。これ聞いたことある!日本では「天使ミサ」と呼ばれているミサ曲でした。有名らしいので映像サイトでもたくさん出てきます。日本では実際のミサで使ってるの見たことないけど、ここは使うのか〜さすが本場。大学時代に歌ったことがあったので、ここで久しぶりに聴けてうれしかった。
 聞こえてくる歌声に合わせて頭の中で歌っていると、さっきの修道士さんたちが歌っていることに気付いた。おおお…やっぱり男声は渋くてかっこいいなあ。自分で出せないからうらやましい。
 もう少しいたかったが、妹を置いてきていることを思い出し、そろそろ失礼することに。聖堂の中を見たかったけど、ミサ中なのでこっそり去る。聖堂の出入口の方に行くと、妹は知らない外国人と一緒に椅子に座って休んでいた。

〜イタリア最後の夜〜

ずっとお世話になったミネラルウォーター

 明日は帰るだけなので、最後に荷造り。さっき買ったお土産のチョコレートも中身だけ出し、箱は捨てた。それでもかなり重い。
 夕飯に、日本から持って来たインスタントのお蕎麦をいただく。イタリアの年越しはどんなだろうと思ってテレビで様子を見ていたが、どこも人が集まってカウントダウンで騒いでいる。妹と「やっぱり騒いでるね〜」などと話しているうちに年が明けた。すると、いきなり外で花火の音。「え??花火??」と窓を開けて空を見上げると、一本隣の通りあたりから、小さめの打ち上げ花火を上げている模様。うわ〜、派手だなあ。1分くらい花火を眺めてから、寒いのですぐ窓を閉めた。このとき、近くのマッジョーレ教会の鐘も鳴っていたが、こちらは除夜の鐘のような低音で「ゴーン…ゴーン…」と、ゆっくり鳴っている。鐘の音はほどなくして止んだが、花火が長い。すぐ終わるかと思ったら、なかなか鳴り止まないので「これいつ終わるんだろうね…」と呆然としていると、30分くらい経ってから静かになった。我々もようやく眠りについた。


+7日目+(ローマ〜日本)

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