| 恋風旅路 >> 恋風旅日記 >> 長崎旅日記2 >> 3日目 >> 講演会の感想 ---ミゲル講演会に参加して--- ![]() 「ミゲルの墓石発見」は、私にとって大ニュースでした。歴史上の人物を慕うものにとっては、その人物のお墓はとても貴重で心の拠り所でもありますよね(ちょっと言い過ぎですかね)。 何しろ300年あまりも前の話ですから、本当にミゲルのお墓なのかどうか、疑わしい部分もあります。この話に限ったわけではなく、他のお墓や遺物でも100%そうとは言い切れないわけだから、本物かどうかという問題には、私はそんなにこだわらないことにします。専門の先生が「本物だと思う」と言うなら、「そうか、本物なんだな」という感じです。だから今回も大石先生のおっしゃる通り、ミゲル夫妻のお墓なんだと思います。 ミゲルは帰国後イエズス会に入って司祭を目指しますが、10年ほどで脱会します。体が弱く、勉強について行けなかったことや、何か他の原因があったのかもしれません。その後は結婚し、大村家に仕えていたようです。一部の史料には、命令によりルソンに行って布教視察をし、大村喜前に「キリシタンは邪法」と言ったと記録されているそうです。後に喜前は領内からバテレン追放を命じますが、清左衛門をも攻撃対象にし、殺そうとまでしていたようです。このことについて、大石先生は「キリシタン禁制に対する、領民の非難の鉾先を、自分ではなく清左衛門に向けさせるため」とおっしゃっています。自分が禁制を出したのは清左衛門に吹き込まれたからだ、諸悪の根源は清左衛門だと、責任を押し付けたということです。 棄教後の清左衛門は「なかなか枯れない雑草」とキリシタン側に非難され、仕えていた大村喜前からも責任を押し付けられて追い払われ、逃げのびた先の有馬晴信の所でも重傷を負わされるなど、居場所がなくなり、本当に追い詰められていたと思います。そんな中で、「唯一の理解者である妻」という大石先生の言葉が印象的でした。私がミゲルの奥さんが気になるのは、私もそう思っているからかもしれません。知っている人どころか、顔も知らない多数の人間から非難され続けている時に、奥さんの存在はかなり大きかったと思います。 大石先生は、資料には「ミゲルは妻の後追い自殺かもしれない」と書かれていましたが、講演では「本当はまだキリシタン信仰を持っていて自殺できないから、病気か何かで亡くなったのかもしれない」ともおっしゃっていました。伊木力にはキリシタン墓石が多く、ミゲルはまわりにキリシタンがいる環境で生活していたそうです。もしかしたら、清左衛門の内面はキリシタンだったかもしれません。これも人それぞれ考えが違うと思いますし、どれが正解というのは誰にもわからないことなので、心の中で考えるだけにしたいと思います。 当時は悲惨な目にあい、非難の中でこの世を去ったミゲル。しかし彼の人生は400年近く経った現代の、人間の心をひきつける力があるようです。松田毅一先生が書かれた使節の童話の感想は、ミゲルについてのことが一番多かったそうです。それは使節の中で1人だけキリスト教を棄てたから、読者の子どもたちの心に印象深く残ったんだと思います。私が小学生くらいだったら「なんでキリスト教やめたのかな?私がキリスト教だったらやめないです。」という感想を書きそうですが、今考えるとミゲルの気持ちがなんだかわかる気がするのです。彼が実際どう思っていたのかは本人にしかわかりませんが…。私は無宗教といえる環境で生きてきたので彼とは全く違う立場ですが、それでもなんだか共感する部分があるのです。具体的に「ここです」と言えないのがもどかしいのですが、人間として、日本人として自分に近い人のような気がするのです。子どもたちの感想は様々だと思いますが、みんなどこかでミゲルに親しみを持っているのかもしれません。 「考える人が10人いたら、それぞれ違ったミゲルが出てくる。」 御意見・御感想・内容に間違えなどありましたら、掲示板またはメールにて… |
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