【4月3日(水)】 使節は海路コチンへ
コウランからは陸路より海路の方が安全と思われたため、船を見つけてコチンへ向けて出帆。
そのころ、メスキータ神父は、同じように病気になっていた日本人同伴者と一緒にいたが、少し回復してきていた。使節と合流するため、使節がたどった陸路を、インド人の担ぐ寝台で進んでいた。
しかし、夜遅くにモロ人たちの地に到着し、さらに進むことができなくなり、ここで宿泊しようとしたが成功せず、木の下で休むことになってしまった。モロ人の1人に金銭を渡し、メスキータ神父と同行者の分の食物を少し手に入れたが、やはり危険を感じ、ここで夜を過ごすことは不安なことに思われた。担ぎ手のインド人たちは大丈夫だと言ったが、信用できなかったため、反対を押し切って進むことにした。
しばらくして鬱葱とした森に到着した。昼間でも恐怖を抱かずにいられないようなところである。噂によると、この森は盗賊の巣窟で、旅行者は物をとられ、しばしば殺害されたりする場所だそうである。そのような話を聞いて危険を想像していると、黒い裸体の男が二人、姿を現した。一人は剣と盾、もう一人は大きな槍を手にしていた。彼らはパードレたちを見て恐ろしい声を上げたが、何もせずに去っていった。
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